ドラゴンズ名試合列伝 #001

Uncategorized

江川から9回4点差逆転、延長サヨナラ勝ち
――ラジオの前で叫んだあの夜

1982年9月28日 中日ドラゴンズ vs 読売ジャイアンツ(ナゴヤ球場)

あの夜のことは、今でもはっきり覚えている。テレビの画面に映し出されたスコアボードは2−6。8回が終わって4点差。江川卓が相手では、もう無理だと思った。スタンドでも帰る客の姿があったというから、多くの人が同じ気持ちだったのだろう。

そしてテレビ中継が終わった。画面が暗くなった瞬間、私はラジオに飛びついた。カセットテープをセットして、録音ボタンを押す。あの時代、延長戦の行方を追うには、それしかなかった。

1982年のセ・リーグは、長嶋巨人と「野武士野球」を掲げる近藤貞雄監督の中日が、終盤まで熾烈な優勝争いを繰り広げていた。試合前の時点で首位・巨人とは2.5ゲーム差。しかもこの試合に勝てばマジック12が点灯するという、絶対に負けられない直接対決だった。

巨人の先発はエース・江川卓。そのシーズン、中日は江川に2勝5敗、3度の完封を喫しており、天敵中の天敵だった。中日先発の三沢淳は初回に原辰徳に3ランを浴び、試合は序盤から巨人ペース。8回終了時点で2−6。

完投勝利を確信して江川がマウンドへ。しかし近藤監督が送った代打は「江川キラー」豊田誠佑。豊田が甘いカーブをレフト前へ運ぶと、モッカ、谷沢健一も連打。たちまち無死満塁。大島康徳の犠飛で1点、宇野勝の適時打でさらに1点、そして中尾孝義の右翼線2点打でついに同点――6−6。ナゴヤ球場は割れんばかりの歓声に包まれた。

延長10回一死二塁で豊田が四球を選び、二死後打席に向かう尾上旭に大島が「絶対打てよ」と声をかける。尾上も粘って四球。二死満塁で大島に打順が回った。「絶対に打って決めてやる」――角の2球目をセンター前へ弾き返し、サヨナラ勝ち。マジック12点灯。

ラジオの実況が「打ったー!」と叫んだ瞬間、私も一緒に叫んでいた。テープはちゃんと回っていた。あのサヨナラの歓声は、今もどこかに残っているはずだ。

この一勝が竜軍団を奮い立たせ、最終的にシーズン最終戦での逆転リーグ優勝へとつながっていく。4点差・江川・9回裏――すべての条件が「不可能」を指していたあの夜のことを、私はこれからも語り続けるだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました